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福原 愛の「苦しいオリンピック」名言インタビュー!エッジや退場【リオ五輪卓球】

福原 愛選手、石川 佳純選手、伊藤 美誠選手
銅メダルおめでとうございます。

こんばんは
あさきです。
卓球の女子団体、
やりました!
勝った瞬間、感動しました。

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伊藤 美誠選手、石川 佳純選手のあと
最後に福原 愛選手のインタビューで
「苦しいオリンピックでした」
との言葉に胸が詰まりました。

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3選手のリオオリンピックでのインタビューや名言です。

試合後のインタビューでは、
福原 愛選手が
「本当に良かったです。足を引っ張ってばっかりで。
みんなに感謝してます。
おとといも負けてしまって、
何度も何度も思い出しては後悔してっていうきのうときょうだった。
絶対に死ぬ気で勝ちにいきました。
もちろんすごく良い試合もあったけど、
悔しい試合もそれと同じぐらいあった。
とても、本当に苦しい、苦しいオリンピックでした」

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石川 佳純選手
「準決勝で負けてすごく悔しかったので、
本当にみんなで一丸となって戦いましたし、
3人で勝ち取った勝利。
きょうは自分の力を出せれば絶対に勝てると思っていた。
シングルスは本当に残念だったけど、
団体でもメダルが欲しかったので、
銅メダルを獲得できて、本当に本当にうれしい」
(伊藤 美誠選手がが試合を決めて)
「素晴らしいです。
最後プレッシャーがかかるところで思い切ったプレーをしてくれた。
3人みんな頑張りました」

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伊藤美誠
「4番ということで、負けている相手だったので、向かっていった。
絶対にメダルを取る目標を立てていたので、
3人でメダルが取れて良かったです。
自分が4番で回ってきたときに、
ここでしっかり決めるという思いで臨んだ。
みんなでつかんだメダルっていうことは、
やっぱりシングルスよりも
もっともっとうれしいメダルだったんじゃないかなと思います」

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準決勝で負けたときは
福原 愛選手
「ダブルスと5番の両方を落とした。今日の負けの原因はすべて私にある」
「どんなボールでも食らいつく気持ちでプレーした」
(3位決定戦では)
「今日の悔しさをすべてぶつけたい」
準決勝の前では
伊藤 美誠選手が
「先輩2人を手ぶらで帰らせるわけにはいかない」

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福原 愛(ふくはら あい)選手のプロフィールです

生年月日   1988年11月 1日(27歳)
出身     宮城県仙台市
中学     青森山田中学
高校     青森山田高校
大学     早稲田大学
所属     全日本空輸(ANA)

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石川 佳純(いしかわ かすみ)選手のプロフィールです

生年月日   1993年 2月23日(23歳)
出身     山口県山口市
中学     大阪の四天王寺羽曳丘中学校
ミキハウスJSC卓球部に所属
高校     四天王寺高校
所属     全国農業協同組合連合会(全農)

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伊藤 美誠(いとう みま)選手のプロフィールです

生年月日   2000年10月21日(15歳)
出身     静岡県磐田市
中学     大阪・昇陽中学校
高校     大阪・昇陽高校 在学中
所属     スターツ

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悔しい準決勝の対戦について

石川 佳純選手が福原 愛選手への声援が
試合中のアドバイスと勘違いされて退場させられるハプニングもありました。

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5番手で最後の福原 愛選手の試合では、
コートの端に当たる不運なエッジボールエッジで入って試合終了となり、
心残りの終わり方となってしまいました。

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その最後の1点もおしいのですが、
試合は1点1点の積み重ねで3セット取った方の勝ちなので、
それまでに何とかしないので負けたということです。

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ただ、このことがきっかけで、
3人はもっと精神面でも強くなり、団結した結果
今日の試合にも勝て、銅メダルを獲得したと思います。

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