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原沢久喜の名言やインタビュー!【リオ五輪】柔道100kg超級テディ・リネールが相手!

原沢久喜選手、銀メダル
おめでとうございます。

こんにちは
あさきです。
昨日の夜から、
ペルセウス座流星群を見るために深夜出かけていたのと、
リアルタイムで見るのは心臓に悪いので見ていませんでしたが・・

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原沢久喜選手は指導一つの差で負けたのですね。

まあ負けは負けで、負けに不思議な負けはなし・・と認めましょう。
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この試合は、会場内は大ブーイングだったそうです。
原沢久喜選手は開始8秒で指導を受けました。
8秒で指導って・・?

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相手のリネール選手が原沢久喜選手と組むのを嫌がり、
技を仕掛けられず、逆に2つの指導を奪われた。
その後も、まともに組もうとしないリネールに指導が与えられたのですが、
逃げ回るリネールをとらえることができず、惜敗。

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五輪柔道最後の試合は後味の悪い結末となったようです。

ただ、本人はそのようなことは言いません。(日本人は結果を素直に認めます)

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誰が見てもスッキリしない試合のルール変更は必要だと思います。

柔道のことを良く知らないので、素人が口を出すものではないのですが、

見ていてすっきりとしない試合で勝敗が決まると、

結局は柔道人気もなくなるということです。

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指導(審判の客観的な目から判断される)の差で勝敗が決まるのは、
おかしいと思います。

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指導をうけないように(戦っているように)逃げて、
結果的にはまともな試合が行われない、
それを避けるための指導というルールが、
いい方向に向いていないのかなと感じます。

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原沢久喜選手のリオオリンピックでのインタビューや名言

銀メダル獲得後、インタビューでは・・
「よかったです。プレッシャーはありました。一日一日、みんな取るんで」
(リネールについて)
「もちろん、リネールが決勝に来ると思って準備してきました。無心にいつも通りやれました」
最高の舞台で戦えたのは光栄だと思う。」

(リネール対策は?)
「後半に勝負しようと自分の中で決めていました。前半は先行されました」
(指導1つの差)
「大差はないと思っていました。来年、再来年と挑戦すれば(勝つ)チャンスはあると思う」
「最高の舞台で最強の選手と戦えた。気持ちが高ぶりました」
「結果として金メダルで応えられなかったが、こうしてメダルを取れたことは、次につながると思います」

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原沢 久喜(はらさわ ひさよし)選手のプロフィールです

生年月日   1992年 7月 3日(現在24歳)
出身     山口県下関市
身長/体重  191cm /122kg
中学     下関市 日新中学
高校     早鞆高校
大学     日本大学
所属     JRA

世界ランキング

2016年8月1日現在 2位
2015年       4位
2014年      21位
2013年      50位

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テディ・リネール選手は最強

生年月日   1989年 4月 7日(現在27歳)
身長/体重  203cm /139kg
前回ロンドンオリンピックで金メダルの誰もが認める最強の王者です。
2007年から世界選手権8連覇中と無敵です。
今年の4月の欧州選手権では4試合すべて一本勝ちで優勝しています。
世界ランキングは、もちろん1位。

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最強との評判で、手ごわい相手かなと思っていましたが、
正々堂々と戦わない姿勢に落胆しています。
強いのだから、ちゃんと取り組めばまともに勝っているかもしれませんが、
そんな最強の本当の姿を見たかったです。

それで負ければ悔いなしです。

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リオオリンピックでの柔道男子の躍進がすごいです。
前回のロンドン大会の柔道では、金メダルはゼロでしたが、
今回のリオオリンピックは、今現在2個の金メダルを含み
全階級でメダルを獲得しました。

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1964年の東京大会(4階級)以来、52年ぶりだそうです。
今の7階級になってからの全階級制覇は初めてです。

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7階級のオリンピック歴史
※無差別は世界柔道選手権大会にはありますが、
オリンピックの種目ではありません。

1964年       3階級と無差別
1972年-1976年 5階級と無差別
1980年-1984年 7階級と無差別
1988年-1992年 7階級
1996年-2016年 7階級
※体重制限の上限が大きくなりました

 

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